幸子さんはなぜ不幸せなのか?

かなり昔の歌なのですが、ばんばひろふみさんの「SACHIKO」という楽曲があります。

タイトルはSACHIKOなのですが歌詞の中に「SACHIKOという名は 皮肉だと」というのがあるので、SACHIKOは幸子であろうと勝手に想像して幸子という漢字にしたのですが、今回は、その幸子さんがなぜ不幸せ(ふしあわせ)なのかという話題です。

 

古い曲なのでご存じない方は、まずその歌を聞いてみてください、とてもBeコン的に参考になる歌詞です。

ばんばひろふみさんの「SACHIKO」

 

satiko

いきなり出だしから、「幸せを数えたら 片手にさえ余る 不幸せ数えたら 両手でも足りない」ときます。

とてもBeコン的に興味深い歌詞です。

どうして幸子さんが不幸せなのか

 

こうして話材に取り上げると、幸子さんの不幸せの原因がなんとなく思い当たる方が多いと思います。

この幸子さんがほんとうに不幸せなのかどうかは判断できませんが、少なくても幸子さん自身とそばで見守る男性は不幸せだと感じているようです。

 

この不幸せのパターンには、とても多くの方がはまっているパターンで、以前からこの歌を聴くたびに、これは人が不幸感を感じる典型的なパターンだなと感じていました。

 

さて、そのパターンの話ですが、幸子さんは不幸せなので、幸せを数えたら片手にさえ余り、不幸せを数えたら両手でも足りないのでしょうか。

これは明らかに逆ですよね。

 

幸子さんは不幸せだから、幸せを数えても片手にあまり、不幸せを数えたら両手でも足りないのではなく、幸せを片手で足りないほどにしか数えず、不幸せを両手でも足りなくらい積極的に数えるから、不幸せを引き付けているのです。

 

パラドクスのようですが「数えるから増えている」のです。

幸せな人は、幸せの方を積極的に数えるものです。

ですから、ごくシンプルに「幸せとは、幸せを数えること」と言っても良いくらいです。

 

幸せも不幸せも無限にある

 

人生には幸せも不幸せも無限にあります。

この幸子さんにしても「朝、目が覚めて天気が良い」こんなことでも幸せと数えることもできるし、行くべき仕事がる、病気ではない、両親が元気、仲の良い友達がいる、彼氏がいる、旅行の予定がある、趣味の楽しみがある、身体に痛いところがない、いくらでも幸せの数を数えることができます。

特にこの歌の場合、幸子さんを本気で思ってくれる人がそばにいるのですから、片手くらいは簡単に見つかるはずですが、幸せに鈍感になっているのか少しくらいのことでは幸せにはカウントしないくらい幸せからは目をそらし、逆に不幸せな事柄はちょっとしたネガティブなことでも、すぐに不幸せとしてカウントする癖がついているのではないでしょうか。

 

これをすると、不幸せに意識が向きますから、その完璧なBeコンの結果として確実に不幸せの現実を引き寄せます。

その現実を憂いてまた不幸せの思いを宇宙に発信する悪循環に陥るのが、とっても多いパターンです。

と言いますか、不幸感を抱く方、人生うまくいかない感のある方は、まずほとんどがこのパターンにハマっているのだと思います。

 

常に幸せを数えれば幸せが訪れますし、不幸せを数えれば不幸せが訪れるというのは、Beコン的に至極当然の成り行きですが、本人的には、このパターンに気が付かないのです。

 

思いの習慣に気づく

 

Beコンの基本は「意識を向けることが拡大する」ですから、自分が何に意識を向けているかが大切です。

その意識の向いていることの周辺には思いや感情があります。

 

この事柄にともなう、思いや感情に意識が向いてしまう傾向性は、多くの場合、習慣化していて「この思いは自分に役立つだろうか」「この思いは正当だろうか」といちいち精査せず、昔からパターン化した思いを反射的に垂れ流すことになっています。

このパターン化した思いの垂れ流しに気が付くことが大切です。

 

ちょっと話が難しくなりました、具体的に言うとこんなことですと言いたいのですが、それをするとその思いの形を限定してしまうリスクがあります。

これは本当に人により様々で、幼いころの体験に根差していることが多く、中には肉体感覚を伴う場合もありますし、本当に様々です。

 

難しいことを言っているようですが、すぐに分からなくても、あまり心配しないでください。

自分にはどんなパターン化した思いがあるのだろうと、常に探っていれば「あっ、これってそうかな」と気が付くはずです。

そうしたパターン化した思を精査するためにも、まずその思いに気が付くことが重要です。

いつも気を付けていることです「今、自分はどんな思いを発してるのだろう」と、意識することがまず第一歩です。

ちょっと大変に思えるかもしれませんが、しばらく続けていれば自然に無意識に気を付けられるようになっていきます。

 

そして、気が付けば変えられます。

 

幸子さんのパターン

 

これまでの地球的な考え方、とくに日本での生活では、子供の頃からネガティブな面に意識を向けるように教育されていますので、どうしても不幸せを積極的に数えてしまう傾向が擦り込まれています。

 

不幸感に意識を向けて、不幸せを数えるのは、不幸せに至る完璧なBeコンですからその通りのものを引き寄せ、その現実を見てさらに不幸せを数えるという典型的なパターンを幸子さんのパターンと呼んでいます。

また、そうしたパターンにハマって上手くいかないと、いぶかっていたり現実を恨んでいる人を幸子さんと呼んだりもします。

 

きっと多くの方が自分の中に幸子さんのパターンがあることに気が付くと思います、幸子さんにひたってしまわないように注意をしてください。

以上

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