自分をごまかさないプラス発想

自分はごまかせない

 

プラス発想というのは良く耳にする言葉です。

何か悪いことがあっても良い方に考えましょう、良い方に考えれば良いことがありますよ、と言った意味合いで使われていますね。

 

確かにそうです、確かにそうなのですが、言葉遊びになっているように感じることも多いのです。

例えばですが、パソコンで長々と書いた文章をUSBメモリーに移そうとして、古いデータで上書きしてしまい全部が消えてしまった。
purasu011

そんな時「書いた文章はあまり良くないから、天が書き直せと言っているんだ、だから良かったんだ」などのプラス発想は考え付くと思います。

でも、やはり、どこかで自分をごまかしていないですか?

もし、自分をごまかしていたら、自分ですから、そのウソやごまかしはミエミエです。

自分はごまかせないのでプラス発想の意味をなしているのか疑問です。

 

それでは、自分をごまかさないでプラス発想するにはどうすれば良いのか。

 

自分を言いくるめられるのか

 

マイナス発想はいけなくて、プラス発想は良いという話を聞いて「そうか、何でも良い方に考えないといけないんだ」と思い込んでしまい、強迫観念にかられたように無理やりプラスに考えようとしている人も多のではないですか、そうなるとマイナスなのかプラスなのか良く分かりませんね。

 

前記の例のような場合、ほんとうに「書いた文章はあまり良くないから、天が書き直せと言っているんだ」と思えていますか?もしかしたら「マイナス発想は良くない」という思い込みから自分をごまかしていないですか?

そう思ったほうが得だからという計算が働いて、そう思うように自分を言いくるめようとしていないですか?

それはプラス発想ではなくマイナス発想恐怖症ですよ。

 

本当に「書いた文章はあまり良くないから・・」と思っていればOKですが、正直言ってごまかしていたら、自分ですから、そうしたごまかしは通用しないですよ、ということです。

 

ただ、こうした心の操作を否定するわけではありません、Beコンもそこから始まりますし心をめぐるテクノロジーはそこから始まります。

また案外、半信半疑くらいのことなら、そう思うようにしようと思い続けると、そのように思えてきたりしますから、全く否定されるべきではないのですが、このブログはもう一歩踏み込んだ世界をお伝えしたいので、その先を話します。

つまり100%自分をごまかさないプラス発想についてです。

 

purasu012

 

自分をごまかさないプラス発想

 

ミーティングに来る方に「多くのプラス発想が自分をごまかしているように感じる」というような話をしたら、きっと「じゃあ、どんなふうに考えたらいいんですか?」と聞かれそうな気がするのですが、ここで話の糸口として「じゃあ、どんなふうに考えたらいいんですか?」と他人に聞く人のことを想像してみてください。

 

その時、その人は、どんなポジションに立っていますか?

つまり、考えを始める土台とでもいうか前提というか、そうしたものですが、自分は無知な人間であり、ともすれば選択を間違って立場を悪くしてしまう、誰かに答えを教えてもらわなくては生きていけない者である、みたいな自分感に立脚していませんか?

だから正しい答えをもとめて「じゃあ、どんなふうに考えたらいいんですか?」と聞いているのです。

 

ここで、このブログに興味を持つような方なら誰でも知っている、ことを確認しておきます。

忘れてならないことは、宇宙は愛で出来ている、宇宙には愛以外にはない、宇宙は愛であふれているということです。

ですから、宇宙で起こることは基本的に愛以外ないのです、宇宙という大きな一体の中で私という分割された魂は、その目的や役割がうまく果たせるように見守る一回り大きな自分やサポートする高次の魂たちなどいて、おきる出来事は壮大なプロジェクトでおきています。

もちろん私が体験する世界の中では、私が中心です、ですから、それらすべては私の魂の目的のためにおきています。

言わば、自分のための経験です。

 

たぶん、このブログに興味を持つ方なら誰でも知っていることですよね、ただ知識として知ってはいるけど毎日の生活の中では忘れがちになっていることです。

 

で、プラス発想ですが、今、確認した愛の宇宙感、一体の宇宙感とでもいう、立場から考えを始めれば、何を考えてもプラス発想だということです。

M20の観念体系にどっぷりつかっていると、ともすれば自分は大きな間違いをおかしひどい目にあう存在なのだといった自分感から考えを始めてしまいます。

そうした小さな人間観から考えを始めたら、どう考えようがマイナス発想にしかならないと思えています。

 

つまりマイナス発想、プラス発想は、どの視点に立つかが問題で、大きな、高次の視点に立てば、何を考えてもプラス発想で、M20の分離した、あやうい人間の視点に立っていたらマイナス発想しかできません。

M20の観念体系で考えたら「書いた文章はあまり良くないから、天が書き直せと言っているんだ」と考えるようにしてもマイナス発想です。

プラス発想は言葉尻の問題ではありません。

 

大きな視点に立って考えれば「まいったな、分け分からんけど、何か意味があるのかな」など、まいったな~から始まってもプラス発想です。

M21の真実の知識を日常の生活にあてはめて、大いなる視点で物事を見れば自然にプラス発想は実現できますし、自分をごまかすことも無いのです。

 

purasu013

 

プラス発想とは自分が知識として知っているが毎日の生活の中では忘れがちな高次の視点を日常の出来事にもあてはめて考えると言っても良いような気がします。

 

※ M20、M21、Beコンなどの言葉の意味は、上の「ことばの解説」を見てください。

 

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