自分について(時代変化の方向性)

誰が仲間か

 

「私たちは、一人一人別々の存在ではなく、本当は一体なのだ」とよく言われます。

神、ワンネスなど呼び方は何でも良いのですが、大いなる一体があり、私たちはそれが分化した一部であるということです。

しかし、この地球上で生活していると、私がいて、あなたがいて、道を通りかかる見ず知らずの人がいてと、とても一体とは感じられません。

ここで、ありがちな作り話をします。

駅のホームに電車が到着してドアが開き、降りる人が終わったので、さて乗り込もうかと思った瞬間、後ろにいたおばさんが押しのけるように乗り込み、空いている席に荷物を置いて席を確保します。

そのおばさんが席に座るのかと思いきや仲間のおばさんを呼びよせ「○○さん、ここ空いてるから座りなさいよ」と言います。

言われたおばさんも「あたしは良いから、あなた座りなさい」「あんた疲れてるから」「あなたも膝が痛いと・・・」「私の方が若いから」など延々と席の譲り合いが始まります。

先に並んでいて押しのけられた人からすれば、このおばさんは勝手な人に思えるでしょうし、席の譲り合いをしているおばさんから見れば良い友人に見えるのかもしれません。

この例としての話しで伝えたいのは、おばさんの良い悪いではなく、おばさんは誰を仲間だと思い、だれを仲間以外と思っているかということです。

 

おばさんの話しから離れますが、人は今でも仲間に愛を示すことはできます。

自分の利益のために日本を売るような行為をしている政治家も孫に対しては良いおじいちゃんだったりするものです。

 

愛のある接し方ができるか否かは、どこまでを仲間と感じるかで決まります。

誰が仲間あるいは身内で、誰がそれ以外の他人かということです。

 

 

自分いう文字

 

jibun1

 

私は、文字が作られるときには高次元の知性が働きかけるのだと考えています。

深い理解がないと、とても作れない文字がたくさんありますが「自分」という文字もその一つです。

その人自身、マイセルフのことを、自らを分けると書いて、自分です。

神、ワンネス、大いなる一体、言い方は何でも良いのですが、私たちの本質は、宇宙にたった一つ存在するものです、それが無限と言えるくらい多くに分かれて私たちの魂になっています。

自らは大いなる一体のことで、それが分化したものが、マイセルフつまり自分です。

自分というのは、とてもうまい表現だなと思っています。

 

 

自分の範囲は決められない

 

自分とそれ以外、環境といいましょうか、通常、自分といったときに無意識に設定している自分とそれ以外の境目は、多くの方が皮膚の表面だと感じているのではないでしょうか。

皮膚の表面は、触られれば感じますが、皮膚から3センチ外側は何も感じません。

 

それでは、素粒子のレベルで見たらどうでしょう。

私たちの身体を構成する、原子さらに元素、そしてさらに細かくして素粒子です。

物質はしっかり中身が詰まっているように感じますが、原子核や電子のレベル、そして素粒子のレベルで見たら圧倒的に空間が多いスカスカの状態です。

しかもその素粒子も粒の性質と波、波動の性質が共存しているものです、言ってみれば、私たちの身体、あるいは環境を形作っている物質は、マクロな視点に立てば立つほど、空間の多いスカスカな状態でさらに波動、波として性質が際立ってきて境界線がなくなります。

この素粒子は自分で、隣の素粒子は自分以外とは考えられません、波としての性質を考えるとそれは繋がっています。

海の波を思い浮かべて、連続した波のこの波は自分で、あの波は自分以外とは分けられません。

 

何が言いたいかといいますと、自分は自分が思うほど個として線引きができない、ということです。

厳密にいえば、自分とそれ以外を分ける境目はないわけで、私たちは、自分の範囲を感覚的に、あるいは思い込みで決めているだけです。

少し、スピリチャル的進歩というか、感覚が鋭いというか難しいのですが、そうした人たちからすると、その感覚的な自分の範囲としてオーラーの範囲を自分と感じているようですが、いずれにしても、自らを分けている境目は「思い込み」ということです。

 

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自分と自分以外には、はっきりした境目があるわけではなく、大きな全体の中のある部分がグラデーション的に自分としての自覚を強めているようなイメージなのです。

宇宙に住む多くの人たちは、自分をそんなイメージでとらえているようです。

 

 

進化(時代の変化)の方向性

 

いろいろ断片的な話をしてきましたが「自分」という漢字は、なぜそんな表現をするのか考えてみれば不思議ですが、意味深いとても的確な表現だとわかります。

今は時代が大きく変化していますが、変化のポイントとして私という意識の焦点が分化した個の側から、大いなる自らの側にどれだけ及ぶかが大切だと思っています。

分かれた部分よりも自のほうが大きいので、この意識のシフトは「意識の拡大」ということもできます。

 

意識が拡大して、私はいつも大きな一体の自に由来している、と感じていたらどうでしょう?

     「自由」   です。

 

意識が拡大して、私はいつも大きな一体の自の中に在る、と感じていたらどうでしょう?

     「自在」   です。

 

言葉には、とても深い意味があります。

意識の拡大は、自由や自在性を増しますから、Beコンが容易くなります。

 

仲間という意識、あるいは誰かが転んだときに、多少でも自分にも痛みがあるかのように感じられる関係といったらよいかもしれませんが、時代の変化の中で、これも、自分という意識と同様に拡大する必要があります。

仲間意識は良いものですが、仲間というとどうしてもセグメントするようなイメージもあるので「共感」という言葉が適当と思いますので、共感が広がるということです。

 

個の壁が広がり、共感が広がることで、今 人々を困らせている様々な問題が解決しますし、それがそのまま時代の進化の方向性になると考えています。

 

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